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2018/11/27

bar bossa林さんの連載小説『タオル越しの、あの人 vol.2』

bar bossa林さんの連載小説『タオル越しの、あの人 vol.2』

東京・奥渋谷に佇むbar bossa。店主の林伸次さんは、カウンター越しにたくさんのお客さまの人生を見てきました。

泣いたり、安心したり、汗をかいたり、眠ったり…生きているといろんな瞬間が訪れます。ちょっと目を向けてほしいのが、どの場面にもひっそりと、柔らかいタオルがあるということ。タオルは大切な瞬間、あなたの傍らにいるんです。

そんな『タオル越しの、あの人』の物語を、林さんが書き下ろします。今回は、愛犬の想い出に浸った、タカシのお話。

 

*****

 

実家の母から電話があった。

どうやら僕が大学卒業まで使ってた部屋を改装して、父が自分の書斎にするらしい。それで、この週末の日曜日、一度帰ってきて、僕が残していったガラクタを「捨てて良いものと残しておくものとにわけろ」というのだ。うちの親父、書斎なんていっても、読書家でもないし、もちろん机に向かって文章を書くわけでもない。たぶん、母が近所の友達をたくさん連れてきたときに、自分だけこっそり閉じこもる部屋が欲しかったんだろう。僕も最近、妻がホームパーティと称して、友達をたくさん連れてくることがあるので気持ちはよくわかる。

そんなわけで日曜日、妻と湘南新宿ラインに乗って、実家の大宮まで帰ることになった。

電車の中で妻が「お義母さんに、妊娠しやすくなるために、いろいろと相談にのってもらってるの」と、僕がまったく知らなかった話を突然始めた。僕たちはいま結婚2年目で、そろそろ子どもが欲しいと思っているのだけど、神様はそう簡単に子どもを授けてくれるわけでもない。それが最近、妻が基礎体温を計ったりし始めていたので、ネットで調べたのかなと思ってたら、どうやら僕の母に相談したらしい。そして、僕の母がいろいろな不妊治療を行って、やっと僕を産んで、身体のことを考えて2人目はあきらめたという話も、電車の中で初めて知った。

そうか。僕が生まれてくる前にそんなことがあったんだ、当たり前だけど母も父も28年前は結婚したばかりで、そろそろ子どもが欲しいと考える若い夫婦だったんだなと、やっと気がついた。

 

***

 

実家に着いて、母と父に近況報告をして、妻と2人で2階にあるかつての僕の部屋に上がっていった。最近は大晦日とお正月だけ帰って来て、妻と布団を並べて眠るだけの部屋だから、じっくりと向き合うのは久しぶりだ。

手わけをして、妻は昔の僕の服をどんどんゴミ袋へと詰め込んだ。僕は棚のCDや本を段ボール箱に詰めて、ほとんどをセカンドハンズのお店へと送る準備をして、とっておきたいのは横浜の僕たちの自宅に送ることにした。

すると納戸のほうから、妻の「何これ?『ペロの箱』ってあるけど…ああ、タカシが小さいころ飼ってた犬だ」という声が聞こえた。

ああ、そうだった。ペロの箱があったんだと僕は思い出した。ペロは僕が4歳から高校3年生になるまで飼っていた犬で、一番の友人だった。

妻がペロの箱を部屋の真ん中に出してきて、「どうして犬を飼うことになったの?」と言った。そうだった。そのこともずっといままで忘れていた。

4歳のとき、「弟が欲しい」って父と母に懇願したのだ。まわりはなぜか兄弟が多い友達ばかりで、僕だけが一人っ子で、「弟が欲しい、一緒にキャッチボールをする弟が欲しい」って何回も母にお願いしたんだった。そうか、母は僕を産んでくれて、もう2人目は無理だったのに、僕はなんて奴だったんだろうと、いまさらながら気がついた。そしてある日、父が小さくて茶色い柴犬を連れて帰ってきて、「ほら、タカシの弟だよ」って言ってくれたんだっけ。

 

***

 

そんな話をすると、妻が「そっか。じゃあペロくんはタカシの友人じゃなくて弟だったんだ。箱、開けないのなら、私が開けちゃうよ」と言って、ペロの箱を開けた。

なかにはペロのごはんのお皿とお水を入れるお皿。首輪とリード、そう小さいころはペロが僕をグイグイ引っ張ったんだっけ。そして「キャッチボールはペロとしなさい」って言って、母がペロ用の野球ボールを買ってきたんだ。野球ボールの形だけしていて、ペロが咬むと「パフパフ」って音が鳴るボール。

そして箱の下のほうに1枚、ボロボロになったフェイスタオルがあった。小さいころ、僕は少しアトピーで、母が僕の顔や首を丁寧に拭くために、ちょっと高価なタオルを日本橋で買ってきてくれたんだった。

僕はそのフェイスタオルを5歳まで使っていたんだけど、アトピーの症状も良くなって、枕に巻いていたのを、ペロが大好きになったんだっけ。僕の匂いがついていればついているほど、ペロは気に入るから、ずっとあのフェイスタオルを離さなかったんだ。

学校に行っているあいだは、たぶん寂しくて僕の匂いが付いているものが欲しかったんだろう、そのフェイスタオルはペロのケージで特等席に鎮座することになった。

僕が小学生のときに野球チームのレギュラーから外されたとき、部屋で落ち込んでいると、ペロは顔をなめてくれて、あのタオルを持ってきてくれたんだっけ。

中学生のとき、初めて女の子をうちに連れてきたときも、ペロはあのフェイスタオルの上からじっと彼女をにらんでいた。

そして僕が高校生になって、ペロが亡くなるときも、ペロはずっと僕のフェイスタオルを傍らに置いていた。

 

***

 

そんな話をすると、「じゃあこれはうちに持って帰って、そして私たちの子どものために同じフェイスタオルを買おう。そして犬も飼おう」と、妻が明るく言った。

林伸次さん

bar bossaバーテンダー

林伸次さん

1969年徳島県生まれ。レコード屋、ブラジル料理屋、バー勤務を経て、1997年渋谷にbar bossaをオープンする。2001年、ネット上でBOSSA RECORDSをオープン。選曲CD、CD ライナー執筆多数。『カフェ&レストラン』(旭屋出版)、『cakes』で、連載中。著書『バーのマスターはなぜネクタイをしているのか』(DU BOOKS)、『恋はいつもなにげなく始まってなにげなく終わる。』(幻冬舎)。韓国人ジノンさんとのブログ
林さんのTwitter(@bar_bossa )。

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