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楽しむ
2019/01/17

bar bossa林さんの連載小説『タオル越しの、あの人 vol.4』

bar bossa林さんの連載小説『タオル越しの、あの人 vol.4』

東京・奥渋谷に佇むbar bossa。店主の林伸次さんは、カウンター越しにたくさんのお客さまの人生を見てきました。

泣いたり、安心したり、汗をかいたり、眠ったり…生きているといろんな瞬間が訪れます。ちょっと目を向けてほしいのが、どの場面にもひっそりと、柔らかいタオルがあるということ。タオルは大切な瞬間、あなたの傍らにいるんです。

そんな『タオル越しの、あの人』の物語を、林さんが書き下ろします。今回は、妻の不倫を疑う男性のお話。

 

*****

 

僕が妻の浮気に気がついたのは、ちょっとしたきっかけからだった。

僕も妻も結婚前から広告の仕事をしているので、仕事のあとに誰かと飲みに行くのはよくあることだ。僕も実際、クライアントに付き合い、夜中の2時3時まで飲み歩くのは月に何回もあったし、妻にそういう機会が多いのも納得だった。

妻は美人だ。

男性ばかりいるお酒の席では彼女の存在が場に華を添えるのだろう、何かと声がかかるようだった。妻は明るくてよく気が利くので、みんな妻を酒の席に呼びたがった。僕もそんな妻の姿に惚れたくちなので、男性陣の気持ちはすごくわかる。

まあ、惚れた弱みというやつだ。妻から「ごめん、今夜もちょっと飲み会が入ってて、冷蔵庫にハンバーグがあるから温めて食べて」とメッセージがくると、「大丈夫だよ。楽しんできて〜!」とにこやかに返事をしていた。

 

きっかけはスマホだった。妻のスマホに突然、LINEでひとこと「明日、無理かも」と表示されたのだ。

「明日、無理かもってLINEがきてるよ」と伝えると、妻が血相を変えて飛んできて、スマホを開いた。そして僕を見て、「明日、同期たちとの飲み会なくなりそう」と言った。

なんだか妙な違和感が残った。

 

***

 

「男の浮気はバレやすいけど、女の浮気はバレにくい」という話はご存じだろうか?

これ、男はウソが下手だからとか、女は一切しっぽを見せないからだとか、いろんな理由がまことしやかに囁かれるが、実は「男は自分の妻が浮気していることを認めたくない」というのが真相だそうだ。

たしかにその話、納得だ。僕はどうやら、ずっと妻の浮気を認めたくなかったようだ。

「女友達と一緒に温泉旅行に行くから」と言われても、どんな女友達なのか、どこの温泉だったのか、僕は聞けなかったし、妻が夜遅く帰ってきても、誰とどこで飲んでいたのか、僕はいつも聞けなかった。それはやっぱり、妻が浮気をしているのかもしれないと心のどこかで気がついていたのに、本当にそうなんだと認めるのが怖かったのだ。

何かの調査で、「都内でマスコミ関係の仕事をする既婚女性10人のうち、4人が浮気をしたことがある」という結果を見たことがある。妻は美人だし、しょっちゅう悪い男性たちに誘われているのだろう。それを断って僕が待つ家に帰ってきていると、信じる僕が浅はかだったのかもしれない。

そう気がついた僕は、やっと妻の浮気を疑い始めた。最初はスマホから調べようと思った。妻がお風呂に入っているあいだに、充電中の彼女のスマホを開いた。ロックがかかっている。妻がいつも使っている暗証番号を押してみた。ロックが解除されない。しばらく考えて、可能性がある別の番号も押してみた。やはりダメだ。

それで僕も、やっと確信した。先日のLINEの件で、妻はスマホの暗証番号を僕がわからないものに変更したのだ。

 

***

 

妻と同じ職場で働く僕の友人を、「今夜一緒に飲もう」と誘った。ふたりで道玄坂の焼鳥屋で飲みながら、こう切り出した。

「本当に恥ずかしい話なんだけど、うちの妻が浮気をしているみたいなんだ。相手は、どんな男かわかるかな」

「そうか。いや、俺も本当に浮気しているかどうかはわからないよ。でも、もししているとしたら、部長の藤岡さんじゃないかな。ふたりがよく行く小料理屋が恵比寿にあるみたいだよ。たしか『中村』とかいうお店じゃなかったかな。明治通りのほう。検索したら出てくるよ」

「やっぱり」と、僕はうなだれた。

僕だけが知らなかったんだ。ほかのみんなは、妻が浮気していることを知ってたんだ。僕だけが知らずに「楽しんでおいで」なんてメッセージを送って、ハンバーグを温めて食べていたんだ。そのあいだ、妻はその藤岡という男と一緒にいたんだ。

 

 

数日後、妻からメッセージが入り、また遅くなるとのことだった。僕はいつものように、「楽しんでおいで」と返信し、急いでタクシーに乗り、恵比寿に向かった。

明治通りから少し入ったところに『中村』という上品そうな小料理屋があった。その店から少し離れた場所でずっと隠れていると、妻が太ったおやじと一緒に歩いてきた。おそらく、あの男が藤岡だ。

僕は小料理屋の外で待ちながら、「さて、これからどうするべきか」と考えた。ふたりがホテルに入るところを捕まえる、これはムリだ。おそらくタクシーでホテルに向かうから、追いかけて捕まえるのは難しいだろう。

ホテルを出てきたところで声をかける、これが正解だろう。でも僕は想像した。外で待っているあいだ「このホテルで僕のかわいい妻が、あの太ったおやじと一緒にいるんだ」って感じ続ける…ダメだ、耐えられそうにない。

そんなことをずっと悩んでいると、自然と涙が出てきた。
そして僕は思わず、その小料理屋の扉を開けてしまった。
妻がカウンターで太ったおやじと飲んでいる。

僕が妻の名前を呼ぶと、彼女は少し驚いて、「あれ?どうしたの?あ、こちら部長の藤岡さん。部長、うちの主人です」と言った。

僕はその場で泣いてしまい、「どうしてもっと驚かないの?おかしいよ。もっと驚くでしょ、普通」と言って、また泣きじゃくってしまった。

 

 

妻がバッグからタオルを出す。
「何を言ってるの、どうして泣いてるの?」と、僕の涙をごしごしと拭いた。

そのタオルは僕たちの結婚式の引き出物で、妻が「あまったから、私が使うね」と持っていたものだった。

泣きながら「結婚式のタオル、まだ使ってるんだ」と言うと、彼女は「だってこれ、私、気に入ってるもん。ふたりで選んだじゃない」と応えた。妻も少しだけ、泣いていた。

 

***

 

これまでの『タオル越しの、あの人』は、コチラ

林伸次さん

bar bossaバーテンダー

林伸次さん

1969年徳島県生まれ。レコード屋、ブラジル料理屋、バー勤務を経て、1997年渋谷にbar bossaをオープンする。2001年、ネット上でBOSSA RECORDSをオープン。選曲CD、CD ライナー執筆多数。『カフェ&レストラン』(旭屋出版)、『cakes』で、連載中。著書『バーのマスターはなぜネクタイをしているのか』(DU BOOKS)、『恋はいつもなにげなく始まってなにげなく終わる。』(幻冬舎)。韓国人ジノンさんとのブログ
林さんのTwitter(@bar_bossa )。

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