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2019/02/14

bar bossa林さんの連載小説『タオル越しの、あの人 vol.5』

bar bossa林さんの連載小説『タオル越しの、あの人 vol.5』

東京・奥渋谷に佇むbar bossa。店主の林伸次さんは、カウンター越しにたくさんのお客さまの人生を見てきました。

泣いたり、安心したり、汗をかいたり、眠ったり…生きているといろんな瞬間が訪れます。ちょっと目を向けてほしいのが、どの場面にもひっそりと、柔らかいタオルがあるということ。タオルは大切な瞬間、あなたの傍らにいるんです。

そんな『タオル越しの、あの人』の物語を、林さんが書き下ろします。今回は、コンビニの店員さんとお客さんが恋に落ちるお話。

 

*****

 

コンビニの店員とお客さんとの関係って、なんだかとても微妙だ。

コンビニは毎日だいたい同じ時間に行く場所で、店員さんもだいたい同じで、買う物もだいたい同じ。だから、店員さんも私のことはわかっているはずなのだけど、でもあえて、お互い知らないフリをする不思議な関係。

ただ、マホノは違った。

私がひとりで住んでいる家のすぐ近くのコンビニに、マホノはいた。彼の名前を知っているのも、名札に「マホノ」と書いてあったからだ。マホノは身長が高くてイケメンで、いつも笑顔が素敵なインドネシア人だった。彼の国籍を知ったのは、こんなキッカケからだ。

 

***

 

私はいつも仕事帰りに、そのコンビニでビールとちょっとしたおつまみなんかを買っていたのだけど、その日は花粉症の症状がマックスの日で、鼻水が溢れてきて、もう手持ちのティッシュがなくなってしまって、どうしようという状態だった。

そんな状態でお会計をしていたもんだから、マホノに「570円デス」と言われた瞬間に「ハックショーン!」とやってしまい、ティッシュがなくて困っていると「コレ、ドウゾ」とマホノが私にタオルを貸してくれたのだ。私はもう、恥ずかしくて真っ赤になっちゃって、「ありがとうございます!明日、洗って返します!」とだけ伝え、コンビニから逃げるように帰ってきた。

翌日、キレイに洗濯して、かわいい紙袋に入れてタオルを返してからは、なんとなく話す仲になったのだ。

 

***

 

ある日の深夜2時ごろ、私が飲み会でひどく酔っぱらってコンビニに立ち寄ると、お客さんは誰もいなくて、マホノはレジにひとりで立っていた。私は酔った勢いでついついマホノと話し込んでしまい、マホノが「コンド、食事デモドウデスカ?」と誘ってくれたので、「行きましょう。行きましょう!」と返事をしてLINEを交換した。

それから恋人になるのはあっという間だった。マホノはバイトで学費を稼ぐ苦学生なのかと思いきや、小さいころはイギリスに留学していたそうで、キレイな英語を話すし、デートで行ったレストランでのマナーもとても紳士的だった。昼は大学で経済を学んでいるらしい。

「どうしてコンビニでバイトしているの?」と質問したら、「コンビニッテ、普通ノ日本人ノ、生活ガ、トテモヨクワカルンデス。普通ニ大学ダケダト、オニギリヤ、宅急便ノ着払イノコトハ、ワカリマセン」と笑顔で答えてくれた。

そんなふうに、勉強熱心で、真面目で、日本が大好きなマホノのことを、私はどんどん大好きになっていた。

しかし我に返ると、マホノは25歳。大学ではとても優秀なようだし、どうやら実家はかなり裕福そう。

一方、私は35歳の、決して美人ではない普通の日本人女性だ。彼にとってみれば私なんて、ただの留学先での遊ぶ相手なのかもしれないと心配になってきて、マホノに聞いてみた。

「ねえ、私、いま35歳で、日本だとそろそろ結婚しなさいってまわりに言われる年齢なの。それでね、私、正直なところ、日本ではそんなにモテるタイプじゃなくて、ちょっと焦ってるの」

「ソンナコトナイ。ユミハ、キレイダ。ボクト、結婚シテクダサイ」

「あのね…ありがとう。無理矢理、言わせちゃったね。でも私、ほんと、美人じゃないっていうのは知ってるんだ。あのさ、マホノは国に帰ったらエリートとして生きていける道が待ってるんでしょ。インドネシアで、若くてキレイな女の子と結婚したほうが良いよ」

「イエ、ユミハ、キレイデス」

「ありがとう。じゃあ今度、実家に帰るときに私のことをご両親に話してみて」

そして彼が実家に帰った夜、マホノから長い長いLINEが届いた。

実はもう、インドネシアでマホノの結婚相手が決まっているとわかった。マホノの実家は大きい会社を経営していて、その結婚相手のご両親の会社との事業の話も固まっている。こんな状況なのに、日本に戻ってその日本の恋人と再会したら、マホノがどうなるのか心配だから、両親が勝手に大学に休学届けを出してしまった、という内容だった。

私は「良かったね。おめでとう」とすぐに一言だけLINEを返した。

すぐ既読になったのに、マホノは何も送ってこない。私はまた、こう送信した。

「絶対に、ご家族の言うとおりにすることが良かったと思うよ。それでマホノのご家族もマホノもみんな幸せになれる。いつかジャカルタの高級なお寿司屋さんで婚約者と食事でもしているときに、私のことを思い出して。そういえば、日本のコンビニで働いてたな、日本人女性と付き合ったなって。それで十分だから」

それも既読になったけど、マホノからの返事はなかった。

 

***

 

そして春、いつもの仕事帰り。ビールを買うためコンビニに立ち寄ると、そこにマホノが笑顔で立っていた。

「マホノ、何やってんのよ!インドネシアで結婚したんじゃないの?」

「愛ノナイ結婚、ヤメマシタ。マタ、大学デ、勉強ハジメマシタ。日本ト、インドネシアヲ、ツナゲル仕事ヲシマス。ユミ、結婚シテクダサイ」

私、そこで泣き出しちゃって、そしたらマホノがまたそっとタオルを出してくれた。

「今年はね、花粉が、またちょっとひどいの。タオル洗っておくから、バイト終わったら、私の部屋まで取りに来て」と言って、私は何も買わずにコンビニを飛び出した。

 

***

 

これまでの『タオル越しの、あの人』は、コチラ

林伸次さん

bar bossaバーテンダー

林伸次さん

1969年徳島県生まれ。レコード屋、ブラジル料理屋、バー勤務を経て、1997年渋谷にbar bossaをオープンする。2001年、ネット上でBOSSA RECORDSをオープン。選曲CD、CD ライナー執筆多数。『カフェ&レストラン』(旭屋出版)、『cakes』で、連載中。著書『バーのマスターはなぜネクタイをしているのか』(DU BOOKS)、『恋はいつもなにげなく始まってなにげなく終わる。』(幻冬舎)。韓国人ジノンさんとのブログ
林さんのTwitter(@bar_bossa )。

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