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【1週間のタオル】子どもへの愛を確認させてくれたタオル。木曜15時の「<watairo>ゆいわた」

2022.11.17

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【1週間のタオル】子どもへの愛を確認させてくれたタオル。木曜15時の「<watairo>ゆいわた」 【1週間のタオル】子どもへの愛を確認させてくれたタオル。木曜15時の「<watairo>ゆいわた」

うれしいときも、さみしいときも、疲れきったときもそばにいてくれるタオル。日々を生きる心と身体をふわっとやさしく包みます。

歌人の伊藤紺さんが綴る、あなたに寄り添うタオルの物語。今回の舞台は木曜15時。初めての子育てに、戸惑いながらも前を向く女性のお話です。

*****

「ごめん、今日も残業かも…」

雅彦からの連絡を見たとき、深い落胆と抑えきれないイラだちに思わず声が出た。ちがう、わかってる。雅彦が悪いんじゃない。雅彦に怒っているわけでは決してない。誰も悪くない。だけどその日はもう限界に達していた。心が汚い色に染まって、そんな色が自分の中にあることに体が拒否反応を示しているようだった。自分が嫌でぼろぼろと涙がこぼれた。一歳の希がこちらを不安そうに見ている。

育児休業をとって1年が経った。もともと子ども好きで、なるべく育児に携わりたかった私が育休をとり、夫の雅彦がフルタイムで働いている。長男の希が生まれる前から育児がどれだけ大変なことかわかっているつもりでいたけど、実際はその想像を遥かに上回るものだった。遊びはもちろん、食事もお風呂も寝かしつけも、行動の全てに時間と体力を膨大に要する。本当に格闘のような日々。部屋はいつも荒れていて、なんとなく空気が止まっている。このマンションに引っ越してくるときに奮発して買い揃えたお気に入りの家具も、心なしかくすんで見えた。

息子の希は繊細な子で、食べ物の好き嫌いはもちろん服の触り心地や音にも敏感に反応し、気に入らないことがあると大声で長時間泣き続けた。これがこの子の性質であることはよくわかっている。できることなら全てを寛大に受け入れたいと心の底から思っている。けれど、抑えきれないイラだちが頭の中を稲妻のように駆け巡る瞬間があって、そのたび強い口調になってしまう。もともと私は怒ったりすることがほとんどないタイプだったので、いらいらして取り乱している自分自身をうまく受け入れられていないこともこのしんどさの一因を担っていた。

「ごめんね」

涙を拭いて座り、床に散らばったおもちゃの中から猫のぬいぐるみを拾って希の顔の前で動かす。希が笑顔でパンチして、ぬいぐるみは私の手から飛んでいった。それが楽しいのだろう。けらけらと笑って繰り返しを促す。大人と子どもはちがう。この子がぬいぐるみをパンチするのは悪意ある暴力でないことは明確なのだけど、大人の常識に染まっている私は胸がちくっと痛む。この行為の楽しさを想像はできる、けど共感できない。

なんだかアウェーだと思った。自分の家に自分の息子と一緒にいて、どこがアウェーなのだと思われるかもしれないけど、大人の自分の世界ではなく、子どもの世界に寄り添って、共感できないまま、微笑みを絶やさないように努力している。自分の常識で、自分の言葉で、自由に話がしたい。そう思うと、またじわっと涙が出てきた。

コートを着せた希を抱いて、近所の公園に向かう。もうすっかり寒くなって、冬の匂いだ。雅彦の仕事は以前はそんなに忙しいものではなかったが、ちょうどここ数ヶ月、抜擢された案件でいつもの倍くらい駆け回っていた。その案件は雅彦がずっとやりたがっていたものだったので、育児のために辞退を考えていた雅彦に「大丈夫だよ。やりなよ! 私もがんばるから」と言って、背中を押したのは私だった。だから余計に気持ちの行き場がないのだった。

かわいらしい赤と白の、サンタさんのようなセーターを着た犬を見て、腕の中の希が「わんわん!」とはしゃぐ。

「わんわんだねえ」

「わんわん、わんわん!」

「わんわんお洋服着てるねえ、かわいいねえ」

「わんわん!」

そろそろ帰ろうかなと思ったとき、電話が鳴った。近所に住む義母からだった。「由香さん? 今近くにいて渡したいものがあるのだけど寄ってもいい?」といつものやさしい口調で訊かれ、心の棘が一本抜けるような思いだった。「出先なので、10分くらいで戻ります」と伝えて電話を切って帰路につく。ちょうどマンションの入り口でばったり会った義母が、いつも通りの溢れるような笑顔で手を振りながら近づいてくる。心が少し明るくなった。

「由香さん、突然ごめんなさいね。希くん、こんにちはあ。いつもかわいいねえ。今日ね、デパートですごく気持ちのいいタオルを見つけて、赤ちゃんの肌にもいいって言うから、由香さん家にも買ってきたの。はいこれ。じゃあ、今日はこれだけだから、またね、寒いから気をつけてね」

「よかったらお茶でも…」と切り出す間もなく一気に要件を伝え、笑顔で手を振って帰っていった。義母は昔、義父の母親、つまり義母の義母との関係にかなり苦労したらしく、私に迷惑をかけないように、すごく気を使ってくれていた。やさしく控えめで、品が良くて、うまく伝えられているか不安だったが、私は義母が大好きだった。

部屋に着き、包みをひらく。それはすっごく繊細な「<watairo>ゆいわた」というガーゼタオルだった。細い糸で織り込まれたすべすべの肌触り。表面には光沢すらあり、とろけるような質感に思わず頬ずりする。気持ちがいい。はじめての触覚に、胸がひんやりと響いて、心がすっと軽くなるのを感じた。

おもちゃを散らかして遊んでいる希に「のんくん、すべすべだよお」とタオルをかけてやると、くるまったままにこにこと笑った。ああ、このタオルは好きなんだな、とわかってうれしくなった。そしてはっとした。希はこんなに小さな身体で、慣れないことばかりの世界を生きている。ごはんもおもちゃも大人の私の都合で与えられるばかりで、気分じゃないことだってたくさんあるだろう。暗い場所や、大きな音、大人の私にはもう想像もできないくらい怖いことや辛いことがたくさんある人生をいま一生懸命必死に生きているのだ。むしろどちらかといえば希のほうがアウェーだろう。さっき自分がアウェーだなんて思ったことが恥ずかしく、申し訳なく感じられた。タオルごと希を抱きしめると、希が私の頭をぽんぽんと触った。「いいこいいこ」と、私や雅彦がいつも希にするように。いま、心が近くにある。

義母に電話して、タオルの感想を告げると「そうでしょう〜! のんくんにも喜んでもらえてよかったあ」と本当にうれしそうな声を出すので、感謝で胸がいっぱいになった。すぐさま「それじゃあ」と気を使って電話を切ろうとする義母を制して、私はさっき言えなかった言葉をかけた。「お義母さん、いつも本当にありがとうございます。いつもすぐ帰っちゃうけど、たまにはゆっくりお茶でもしていってくださいね。お義母さんともっと話したいです」。義母は一瞬だけ驚いたように黙り、それから「本当? …今度お邪魔させてもらうね」とゆっくり味わうように答えた。気持ちが伝わったことがうれしかった。

電話を切って、そういえば雅彦に返事をしていなかったことに気づく。「了解! 大変だね…がんばってね!」と送るとすぐに既読がついて「由香も本当におつかれさま! なるはやで片付けて帰るからね」と返事が来た。まだ、もう少しがんばれそう。私は床に散らばったおもちゃを片付け始めた。

<今回のタオル>

【1週間のタオル】子どもへの愛を確認させてくれたタオル。木曜15時の「<watairo>ゆいわた」

<watairo>ゆいわた

しなやかなサンホーキン綿で柔らかな4重ガーゼを織り上げた繊細なガーゼタオル。シルクのようなすべすべとした滑らかな肌触りが特徴です。タオルの名産地・今治からお届けします。

伊藤紺さん

歌人・コピーライター

伊藤紺さん

2019年歌集『肌に流れる透明な気持ち』、2020年短歌詩集『満ちる腕』を刊行。ファッションブランド「ZUCCa」2020AWムックや、PARCOオンラインストアの2020春夏キャンペーンビジュアル、雑誌『BRUTUS』『装苑』等に短歌を制作。2021年浦和PARCOリニューアルコピーを担当。過去連載に写真家・濱田英明氏の写真に言葉を書く、靴下屋「いろいろ、いい色」。(InstagramTwitter

2019年歌集『肌に流れる透明な気持ち』、2020年短歌詩集『満ちる腕』を刊行。ファッションブランド「ZUCCa」2020AWムックや、PARCOオンラインストアの2020春夏キャンペーンビジュアル、雑誌『BRUTUS』『装苑』等に短歌を制作。2021年浦和PARCOリニューアルコピーを担当。過去連載に写真家・濱田英明氏の写真に言葉を書く、靴下屋「いろいろ、いい色」。(InstagramTwitter

Photo | Ryo Tsuchida

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