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2019/05/20

bar bossa林さんの連載小説『タオル越しの、あの人 vol.8』

bar bossa林さんの連載小説『タオル越しの、あの人 vol.8』

東京・奥渋谷に佇むbar bossa。店主の林伸次さんは、カウンター越しにたくさんのお客さまの人生を見てきました。

泣いたり、安心したり、汗をかいたり、眠ったり…生きているといろんな瞬間が訪れます。ちょっと目を向けてほしいのが、どの場面にもひっそりと、柔らかいタオルがあるということ。タオルは大切な瞬間、あなたの傍らにいるんです。

そんな『タオル越しの、あの人』の物語を、林さんが書き下ろします。今回は、家族の絆に涙する父の日のお話。

 

*****

 

中学校から帰ってきたら、ママとパパがリビングのテーブルで深刻そうに何か話していた。私が「どうしたの?」と聞くと、目を真っ赤にしたママが「里香、聞いてくれる?」と話し始めた。

「パパね、好きな女の人がいるんだって。ほら、パパ、最近香水とかつけ始めて、ときどき残業で夜遅く帰ってくることあったでしょ。ヘンだなって思って、パパの携帯電話を見てしまったの。そしたらパパ、職場の女の子とデートしていることがわかって。それでパパに『浮気してるでしょ』って問いつめてみたら、あっさりと認めて。『離婚しよう』って言うの」

「え?嘘。嘘でしょ」

ママは下を向き、声を殺して泣き始めた。

パパがやっと私のほうを向いてこう言った。

「里香、離婚しても、ちゃんとママと里香が生活できるように考えるから」

「パパ、本当なの?その女の人のことそんなに好きなの?」

パパは何も答えない。

「そんなのダメ!その女の人のLINE、私に教えて。私が直談判する」

私はぎゃあぎゃあ騒ぎ、決死の思いで、パパからその女の人の連絡先をゲットした。自分の部屋に駆け込み、連絡をとる。

「冷静に、冷静に…」と自分に言い続けながら、LINEを何度か往復した。何とかして次の日、その女の人とふたりでお昼ご飯を食べるところまでこぎつけた。

 

その人は華奢で、髪の毛が長く、キレイなお姉さんだった。そうか、パパはママより、こんなお姉さんのことが好きになったんだって思った。

愛子さん(その女の人の名前だ)は私にメニューを渡して「里香ちゃん、何が良い?ハンバーグとかおいしいよ」と優しい声で訪ねてきたので、私は大人っぽいところを見せなきゃと思って「シメジと明太子のパスタにします」と言った。

パスタを食べていると、愛子さんが私をジロジロ見てきた。「どうかしましたか?」と聞くと、「あ、ごめんなさい。食べ方まで似てしまうんだって思って」と微笑んだ。

 

これはタオルの話をしなきゃ──私はそう思った。

 

「あの、愛子さんは父の日、どんなプレゼントを渡してきましたか?」

「父の日?そのときどきかなあ。小さいころは肩たたき券で、最近はお酒だったりネクタイだったり。どうして?」

「うちはね、父の日は毎年パパにタオルをあげるって決まってるんです。ほら、うちのパパって汗っかきだし、泣き上戸ですよね。あ、泣き上戸なところは知らないか」

「ううん。知ってる。映画とかすぐに泣いちゃう」

「ああ、知ってるんですか…。そう私、パパが汗っかきで泣き上戸だから、毎年タオルをプレゼントしてるんです。それでパパ、父の日にタオルを渡すと、もうその場で嬉しくて泣いちゃうんです」

「泣きそうだね」

 

「この写真、見てください。パパ、私がプレゼントしたタオル、全部洗って保存してくれてるんです。いつも父の日にみんなで、うちでお食事をして、そのあと去年渡したタオルをここにしまうっていう儀式があるんです。でもその儀式が、今年で終わってしまうんだなって…」

「今年で終わっちゃうの?」

「来年も渡して良いんですか?」

「良いと思うけど…」

「それは、来年もパパと一緒に食事をしても良いってことですか?」

「ああ、そうか…そういうことか。だって里香ちゃん、それは小さいころからやってるんだよね?じゃあ、そうか…」

「あの、私は別に愛子さんを追いつめたいわけではないんです。私ももう14歳だから、愛子さんがパパを好きになったのもわかります。でも、私、パパにずっとタオルを渡してて、それが今年で終わっちゃうんだって思ったら…」

「そうか」

「愛子さん、パパのどういうところが好きですか?」

「すごく優しいところかな。仕事や人間関係で困ったら、いろいろと相談にのってくれるし」

「パパの嫌いなところはありますか?」

「嫌いなところは、ないかなあ」

「私はあります。パパね、最近おじさんになってきたからすごく臭いんです。たぶん愛子さんに会うときは香水とかつけてるからわかんないと思うけど、ほんと臭いんです。それにね、いびきもうるさいし、おならもします。パパのおならは知らないですよね。パパ、お腹の調子がいつも良くないからほんとに臭いんです。あとね、パパ、実はすごくケチなんです。見栄っ張りだけどケチっていう困ったタイプで…」

「里香ちゃん…」

「愛子さんは、パパのホントにダメなところ、ちゃんと知らないんです。パパとなんかうまくいかないと思います。お願いです、だからパパのこと、嫌いになってください。パパ、ホントにダメな人だから。お願い、嫌いになってください」

 

そして私は泣いてしまった。この人の前で泣くなんて、絶対にダメだと思ってたのに、泣いてしまった。

「里香ちゃん。正直に話すと、私もできれば里香ちゃんのパパのこと、嫌いになりたいの。こんなのダメってわかってるの。今日やっぱり、やっぱりダメなことなんだなってわかった」

私は泣きながら愛子さんの顔を見た。

「うん。これから里香ちゃんのパパのこと、がんばって嫌いになってみる。よし、嫌いだ、あんな人。大嫌い」

かつてパパにあげたタオルをこっそり持ってきていたので、それで涙を拭いて、シメジと明太子のパスタを少し食べた。愛子さんが席を立って、こう言った。

「里香ちゃん、今日は来てくれてありがとう。いまから父の日のタオル、一緒に買いに行こうか。そしてもう、里香ちゃんのパパとは二度と会わないって約束する。一生懸命、嫌いになる」

 

愛子さんの目も真っ赤だった。

 

****

 

これまでの『タオル越しの、あの人』は、コチラ

林伸次さん

bar bossaバーテンダー

林伸次さん

1969年徳島県生まれ。レコード屋、ブラジル料理屋、バー勤務を経て、1997年渋谷にbar bossaをオープンする。2001年、ネット上でBOSSA RECORDSをオープン。選曲CD、CD ライナー執筆多数。『カフェ&レストラン』(旭屋出版)、『cakes』で、連載中。著書『バーのマスターはなぜネクタイをしているのか』(DU BOOKS)、『恋はいつもなにげなく始まってなにげなく終わる。』(幻冬舎)。韓国人ジノンさんとのブログ
林さんのTwitter(@bar_bossa )。

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