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2019/06/12

bar bossa林さんの連載小説『タオル越しの、あの人 vol.9』

bar bossa林さんの連載小説『タオル越しの、あの人 vol.9』

東京・奥渋谷に佇むbar bossa。店主の林伸次さんは、カウンター越しにたくさんのお客さまの人生を見てきました。

泣いたり、安心したり、汗をかいたり、眠ったり…生きているといろんな瞬間が訪れます。ちょっと目を向けてほしいのが、どの場面にもひっそりと、柔らかいタオルがあるということ。タオルは大切な瞬間、あなたの傍らにいるんです。

そんな『タオル越しの、あの人』の物語を、林さんが書き下ろします。今回は、“苺の満月”にまつわる甘酸っぱい恋のお話。

 

*****

 

高校3年生の私、山口ナナは、宇宙研究部の部室で、部長の矢島くんと月の写真集を眺めている。宇宙研究部と言っても、ブラックホールとかアインシュタインの相対性理論なんかを語るわけではなく、たまにみんなでプラネタリウムを見に行ったり、どの星座のエピソードが好きかでランク付けしたりって感じの、軽くてゆるい活動がメインだ。

部員は全学年で30人と、文化系クラブにしては多いほう。私の高校は全員、クラブに入るのを強制されているから、一番活動がラクそうな宇宙研究部に入ろうという人が多いのかもしれない。

そもそも私もそのつもりだった。運動部は疲れるし、美術部や演劇部のあの“鼻につく感じ”も嫌だったから、「宇宙研究部、何それウケる」と思ってついつい入ってしまったのだ。

 

でも、最近の私は、いま一緒に月の写真集を眺めている矢島くんに恋をしてしまってから、毎日矢島くんに会うために放課後は部室に通ってしまっている。

矢島くんは、心臓が悪くて運動部は無理だったから宇宙研究部に入ったそうなのだけど、結果「月の美しさに出合えたから幸せ」なのだそうだ。星座や土星の話も会話をあわせる程度にはするけど、基本的には「月」にしか興味がないらしい。

矢島くんは世界中に残っている「月に関するおとぎ話」を集めていたり、「僕たちが大人になるころには、月旅行に簡単に行けるようになってるだろうね。山口さんは、月のどの海が好き? 僕は『静かの海』。あの“うさぎ”の、耳の付け根のあたりだよ」なんてロマンティックなことを平気で言ったりする。そして私は、そんなロマンティックな矢島くんが好きだ。

 

私たち3年生は、夏休みからは受験勉強のため、6月でこの宇宙研究部を退部することになっている。3年生は、6月中に自由研究でレポートをまとめ、先生に提出することになっているのだけど、矢島くんは「僕はもちろん『ストロベリームーン』をテーマにするんだ」と言っている。

矢島くんが言うには、「ストロベリームーンはネイティブ・アメリカンがつけた『6月の満月』の愛称で、苺の収穫時期に赤みがかった満月になるから」ということだ。苺の満月、かわいすぎ。もちろん私も矢島くんの真似をして、テーマはストロベリームーンに決めた。

 

今年、2019年のストロベリームーンは6月17日の午後8時ごろ、南東の空に浮かぶらしい。私と矢島くんは、先生に許可をもらって、学校の屋上からストロベリームーンを撮影することになった。

矢島くんは放課後もずっと残って、撮影の準備をしているから、私は家に一度帰って、2人分のお弁当を作って、2人で食べながら観察するという手はずだ。

そして私の目標は、苺の満月を見ながら、矢島くんに「好き」って告白して「交際」を申し込むことだ。

 

6月17日当日。東京では雨が降っていた。お昼休みに部室に行くと、矢島くんが寂しそうな表情で「残念だね」と言った。「でも、もしかして晴れるかもしれないから、一応、屋上で待機しようか」と私が提案して、6時に屋上の階段を上がったところで待ち合わせることになった。

夕方になっても雨は降っていたのだけど、私は家に帰って苺のサンドイッチを作って、魔法瓶にたっぷりとコーヒーをいれて、学校に向かった。

 

矢島くんは屋上で雨合羽を羽織って完全装備して、撮影の準備をしていた。私がコーヒーを渡すと「ありがとう」と言って笑った。雨合羽を着ているのに髪の毛は雨に濡れていて、私は鞄からタオルを出して、矢島くんの頭にふわりとのせた。矢島くんは乾いたタオルで濡れた髪をくしゃくしゃっと拭くと、空を見て、「晴れないかな。僕、心臓の病気がまた悪くなってきて、夏から入院なんだ。これが最後かもしれないんだ」と言った。

私が「2人で祈ろう」と言うと、矢島くんは「いいね」と言って、本気の顔で「神さまお願いします」と言いながら、祈り始めた。私も「神さまお願いします」と一緒に祈った。

すると不思議なことに雨がやみ、南の空の雲がなくなり始めた。矢島くんは私の手をとって「もっと祈ろう」と言うと、「神さまお願いします」と押し殺した声で言った。

そして2人でそっと目を開けると、雲はなくなり、東京の空にストロベリームーンが浮かんでいた。矢島くんはカメラのシャッターを何度も押している。

このチャンスしかないと思った私は、「ねえ、矢島くん」と声をかけた。

「何?」とこちらを向いた矢島くんに、「矢島くんのこと大好き!」と言った。すると、まるでその私の声を合図にしたかのように大雨が降り出した。矢島くんは大急ぎでカメラを片づけて、私たちは屋根のあるところにかけこんだ。

今度は矢島くんが、私の髪の毛と顔をタオルで拭いてくれた。

「矢島くん、さっき私が言ったこと聞こえた?」

「うん、聞こえたよ」

「どう思った?迷惑?」

「もちろんすごく嬉しい。僕も山口さんのこと好きだから。でも、僕、夏から入院だし、もしかしてもっと病気が悪くなるかもしれないし」

「ごめん。そうなんだね。私、自分のことばかり考えて。でも私、矢島くんと月を見ているだけで幸せなの。矢島くんが月に夢中になってるのを見るのも好きなの。入院しても、その部屋から月は見えると思うし。今日みたいに病院の屋上っていう手もあるし。あの、私、邪魔にならないようにしてるから。ほら、今日みたいに一緒に祈ると、月が見えることもあるじゃない。そういうとき、私が役立つかもしれないし、そしてね、そして…」

そう言い続けていると、なんだか涙が出てきて、矢島くんは困った顔になってしまって、雨と涙でぐしゃぐしゃになった私の顔をタオルで拭き続けてくれた。

 

2035年。私と矢島くん(いや、いまは夫だ)と10才の息子の3人で、月旅行の宇宙船に乗り込んだ。あれから夫の心臓はすっかり治ってしまって、いまは国連の月観光省で働いている。

6月は休暇で、必ず3人で苺の満月に旅行することになっている。さっき息子に“ストロベリームーン事件”の話をしたら、息子がこう言った。

「それが、ママとパパが大事にしているあのタオルなんだ。タオルと苺の満月がなかったら、僕いなかったんだね。じゃあ、静かの海についたら、最初に苺のサンドイッチ、買ってもらおうかな」

 

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これまでの『タオル越しの、あの人』は、コチラ

林伸次さん

bar bossaバーテンダー

林伸次さん

1969年徳島県生まれ。レコード屋、ブラジル料理屋、バー勤務を経て、1997年渋谷にbar bossaをオープンする。2001年、ネット上でBOSSA RECORDSをオープン。選曲CD、CD ライナー執筆多数。『カフェ&レストラン』(旭屋出版)、『cakes』で、連載中。著書『バーのマスターはなぜネクタイをしているのか』(DU BOOKS)、『恋はいつもなにげなく始まってなにげなく終わる。』(幻冬舎)。韓国人ジノンさんとのブログ
林さんのTwitter(@bar_bossa )。

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